2016/8/28日曜礼拝
説 教:「光の時代」
説教者:入山 聖基 教会長
み言訓読
【平和経】P1305
「霊人体中心の生活」より
真理のみ言を尋ね求めていけば、神様の生命力と愛が和動するのを感じることができます。使徒パウロが言ったように、私たちが世の光になることができるのも、神様の真の愛のためです。真理は永遠不変です。だとすれば、この悪の世の中で、果たしてどのように善と悪を分別しながら真理の道を行くことができるのでしょうか。自分を中心とする生活を脱皮して、より低い位置に下りていきなさいということです。聖書にも、「だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるであろう」(マタイ23:21)とあります。
人間の本質は霊的なものです。ですから、死んで霊界に行けば、人間の本質が人のために生きるようになっていることをより一層実感するようになります。人類がいまだに利己的な個人主義的人生のくびきから抜け出すことができずにいるのは、サタンと血統的関係をもっているからです。
今から皆様は、霊的な御飯を食べなければなりません。霊的な御飯と肉的な御飯のうち、どちらがよりおいしくなければならないでしょうか。皆様が生き残り、また神側に立つためには、霊的な御飯の味のほうが肉的な御飯の味よりも良くなければなりません。霊的な力を中心として生きる味のほうが、肉的な力をもって生きる生活の味よりも良くなければならないのです